スラウトの冬は早い。南の方では雪など絶対に見ることのできない時期だが、それでもこの国には既に、雪が降り始めている。
 小さな六花たちはやがて積もり、この国を銀色に変えていく。それは今も昔も、恐らくは変わらぬであろう。
 そんな雪の降る城下町の通りに、美しい歌声が響いていた。それは竪琴の音と折り重なり、妙なる調べとして道行く人たちの心をつかんで離さない。
 そのつむぎ手は、群青のローブを身にまとい、若干銀の混じる、桃色の髪を後ろで束ねた女性だった。長い年月を重ねた証拠はいくつも顔に刻まれていたが、それでも彼女の声は、どこまでも通る、若々しい声だ。
 ほどなくして、彼女は歌を終えた。周囲から一斉に拍手が沸き起こり、彼女は静かに頭を下げる。
「いやあ、いい歌だったよ……」
「おう、ここまでの歌い手は、ちょっと見ねえな!」
「なあ、もっと歌はないのかい?」
 拍手と共に、人垣の中から次々に声が飛ぶ。歌い手の女性は穏やかな表情を浮かべたまま、その要求に応えるべく、竪琴をかき鳴らした。
「では、歌いましょう……謳いましょう。私が知る、最高の唄を」
「おおお、期待してるぜっ!」
 詩人は竪琴を持ち直した。黄金の身体を持つそれは、彼女の顔をまるで鏡のように映しこむ。
 竪琴の音が響いた。詩人が、微笑む。
 どこか淋しげで、そしてどこか懐かしげな顔。だが、その彼女がそうした表情を見せていることに気づく聴衆はいなかった。誰もがみな、彼女の持つ竪琴を注視していた。あるいは、いかなる歌が紡がれるのかと、彼女の口を。
 しん、とその場から音が消えた。ただ一つだけ、風の音がかすかに鳴る。それに合わせたかのように、詩人は竪琴を爪弾いた。優雅で気品ある音が、高らかに響き渡る。
 そして。
 詩人は。
 静かに唇を開いた。
「これより謳うは……空の血を引いた少女が、その手で綴った物語……。導かれた仲間と……困難な道を行く……。英雄と呼ぶには……等身大過ぎた彼らだけれども……。……今は、ただ……目を閉じて聞いてください……」
 詩人の声は響く。雪を降らせる、スラウトの空の彼方にまで。そして、大いなる時間の彼方にまで――。


 ここは知らない世界 どこか知らない世界
 それはどこまでも続く世界
 名前は確か「フェイレン」と
 剣と魔法が三度の食事のように当たり前の世界

 ある国は毎日戦争 毎日が戦い みなが苦しむ
 ある国は毎日平和 毎日が平和 みなはのんびり
 ある国は毎日お祭り 毎日歌って みなは踊る

 ある人は魔王と戦う 苦しむ人と 平和のために
 ある人は荒野を走る 黄金の富と 名誉のために
 ある人は運命に導かれる 多くの友と 犠牲を生んで

 これより唄うは 少し奇妙な物語
 知らない人にはどうでもいい 知りたくない人にもどうでもいい
 けれども そんな人たちが知らないところで 確かに光った人たちの物語

 燃えるような赤髪の女剣士の物語 始まりはその三年後
 一つの地震が世界という名の天秤を揺らした
 世界は傾き 右皿は浮き上がり 左皿は沈みきる
 けれどもそれは 狂った巨人の起こせし地震
 彼の名前はリサイラス 孤島に住まう狂える魔法使い
 彼の所業は知れ渡り やがて彼は断末魔の露となった

 時間は流れ 十四年の歳月が流れ
 元に戻った天秤を再び揺らした者がいた
 彼も同じく魔法使い
 彼の仮面は世界を揺らす
 浮きし右皿 沈みし左皿
 崩れた均衡取り戻せしは 右に集いし盟友たちよ


 ――盟友たち。
 言の葉を紡ぐ詩人の瞳が揺らいだ。
 詩人の名はリウリリ。その名も、知らぬ人がいた中で、確かに光った名の一つである……。