ここはどこぞの世界・・・。
名は・・・「フェイレン」とかいったかな?
わたし達が住んでいる世界とは違い、
剣と魔法が三度の飯並に当たり前な世界・・・。
ある国では戦争で人々が苦しみ
ある国ではのんびり平和に暮らし
ある国では年中お祭り騒ぎ・・・。
ある冒険者は苦しむ人々のために魔王討伐
ある冒険者は富と名誉のためにひた走り
ある冒険者はクエスト探しては遂行失敗し
ある冒険者は報酬もらい損ねて立ち往生・・・。
これから展開される話はちょっと奇妙なお話・・・。
まぁ、他の冒険者から見ればどうだっていい話ですが・・・。
一人の女性剣士と戦乙女、元賞金稼ぎの男性剣士にその妻で天界人の元女盗賊・・・。
そんな四人が織り成す珍道中・・・。
今回のお話はリッシアを復帰させるために奮闘するお話。

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0.「リア」

わたしの名はリア・ベイティクス。
駆け出しの冒険者。
ついこの前まで、街から出た事が無かった「箱入り娘」ですの(笑)。
目指す目標はお兄様のような立派な冒険者。
もっともっと経験をつむようにがんばっている真っ最中ですの。
けれど、ついこの間仲間のリッシアが大変な目にあい、全てを無くしてしまったのです。
そういうわけで今精神科のお医者様のおられるバンテ島へ向かっている最中です。果たしてリッシアはまた笑ってくれるのでしょうか・・・。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

1.「暗夜航路」

「なかなか寝つけんなぁ・・・。」
夜の甲板。以前の習慣がまだ抜けていなく、睡眠時間が短い一人での冒険を長い間経験してきたライにとって、まだ熟睡できる時間帯ではなく、とりあえず波の音を聞きながら月光浴でも、とここまで上がってきたのだった。
「・・・んお?」
ライが何気なく甲板の縁のほうに目をやると、そこには長い翠緑の髪をたくわえたネコミミの女性が月を見上げてたたずんでいた。
「お前・・・確かリアたちと一緒にいたヤツだな。・・・こっそり後をつけてきてたのか。」
女性――――フェルに気がつかれないように気配を殺して隣に入る。ライのこのせりふを聞いて、フェルは身じろぎもせずにぽつりと呟いた。
「人聞きの悪いこといわないで。」
「ふん、どーだかな。助けたんなら助けたで、ちゃんと最後まで面倒見ろよな。」
「・・・・・・。」
ライの言葉に、フェルは答えない。
「おい、話きいてん・・・」
何も言わないフェルの顔を見たライの言葉がそこで途切れた。その顔が見る見るうちに驚愕の色に染まっていく。
「・・・ふふ、気付いてくれたかな?こんなこと言ったら悪いけど、他のみんなは相当鈍いみたいね。・・・相当を通り越して、かなり。」
ライにウィンクを送りながら、フェルはライに向き直った。その姿からその実年齢は把握できず、むしろ妖艶な雰囲気を若くして身につけたようである。
「こ・・・これは・・・錯覚・・・か・・・?ほ、本当にリッシアか・・・?」
ライの問いには答えず、代わってフェルは逆に聞き返した。
「ライさん、『時の珠』って知ってるかしら?」
「・・・ん・・・。確か・・・時空を越えられる魔法の道具・・・だったか?」
静かに頷くフェル。
「昨日までのリッシアちゃんが知ってること・・・なんだけどね。わたしは52年後の世界から『時の珠』を使ってやってきたの。あなたたちに頼みたいことがあってね。でも、このことはヒミツにしてたんだけど、わたしの力が足りなくて、狙ってた時間に辿り着けなくて・・・まだ旅に出た直後のリアちゃんたちと合流しちゃったの。1日や2日なら確実にいけるんだけど・・・さすがに52年はね・・・。」
まぁ、信じてくれなくてもいいけど、と最後に付け足してフェルは締めくくった。しばらくライは黙っていたが、やがて口を開いた。
「・・・信じよう。お前が胸元につけているその赤い珠が何よりの証拠だ。リッシアのとまったく同じものみたいだからな。」
「・・・ありがとう・・・。」
フェルはそういうと、ライから身体をずらして船の縁に手をやり、流れゆく潮流に視線を落とした。ライも、それに習う。
「・・・でよ、お前・・・いつまでこうやって隠れてるつもりなんだ?」
「リッシアちゃんが戦えるようになるまで、ね・・・。これからリアちゃんたちはたくさんの仕事をこなすわ。リッシアちゃんが戦えるようになるまでに、相当強くなってるはずよ。わたしが手を貸しちゃったら復帰する時間が遅れちゃうからね・・・。最初は補助として手をかしてはいたけど・・・バンテ島からはしばらくでないだろうから、ちょうどいい訓練になるでしょうよ。・・・その頃に、合流するよ。」
「こっそりでいいから、リッシア・・・もちろん小さいほうだけどな、にも顔、見せてやんなよ。」
「あ、わたしのことはフェルって呼んで。」
ライの言葉が終わるか終わらないかのところで、フェルは口を挟んだ。
「この時代のわたしと区別するために苗字の頭から3文字取ったの。」
「なるほど。・・・でも、なんだか滑稽だよな。」
そこで一旦息をつく。
「・・・リッシアが、『リッシアちゃん』って呼んでるなんてな・・・。」
「そう、かもね・・・。」
そこで、会話は一旦途切れた。しばらく、ただ船が波間を縫い海水を切り裂く大きくそれでいて静かな音だけが通り過ぎていく。
「そういえばお前、剣が随分達者なみたいだが・・・誰に教わったんだ?」
突然ライが口を開いた。今までの話を切り替えるように。
「リアちゃんよ。」
「えっ、うそっ?・・・てぇとお前は『リア我流』使いなのか。」
「えぇ。でもわたし、この間リアちゃんの剣を幾分修正したからね。正しく言うなら『リア亜流』ってトコかな。」
「・・・なんかややこしいなぁ。結局のところ半分は自分から教わったようなモンなんだなぁ・・・。」
「そういうことになるわね。」
「そういやクラスはなんだ?フリーファイターか?」
「パラディンよ。トリプルAの、ね。」
「やるなお前。そりゃ滅多になれねークラスだからすげぇぞ。」
と、ライ。
「ありがと。・・・でも剣の腕に関してはあなたにはまだまだ及ばないわ。」
「よせやい。」
「本当よ。わたし、76年も生きてきたけど純粋に剣であなたに勝てるような人はいなかったわ。まぁ、76年後のリアちゃんは相当強くなってるからどうかはわからないけど・・・。」
「ほお。リアはそこまで強くなってんのか。」
「リアちゃんのクラスはソードマスターだからね。」
「うお・・・っ。マジか。」
「えぇ。何度もフェイレンワールドを救った英雄よ、彼女。」
「うーん・・・・・・。さすが我が妹だな。俺も鼻が高い。」
「ちなみにライさんとシレイムさんの子供なんだけど・・・」
フェルがそこまで言って、ライの顔色がさっと変わった。
「だあっ!それはいい!それはいいから!」
「・・・あらそう?折角もっと自慢になるような話なのに。」
「いや、いい!今聞かされると旨みがなくなる。」
(・・・旨み?)
「・・・まぁ・・・そういうことだから。未来のことはあまりいわんでくれ。」
「わかってるわよ。」
「んじゃ、俺そろそろ戻るわ。」
「・・・そう・・・。それじゃあわたしはこれから明日の昼に行ってバンテ島の精神科医の人に話しつけてくるわね。」
「ん、おう。」
「それじゃ、近いうちにまた会いましょ。」
それだけ言うと、フェルは懐から赤いオーブを取り出した。そして、それを両手で支えながら天にかざす。
すると、フェルの身体は光に包まれ、そして――――次の瞬間、そこには誰もいなかった。
一人残されたライは、その様子を見て、やや呆然としてそこにしばらく立っていた。
「・・・今・・・決定的瞬間を見た気がするなぁ・・・。」

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2.「ハント医院」

翌日、バンテ島に到着したわたしたちは、急いで近くの町に立ち寄り、お医者様の情報を仕入れました。
それによると、件の精神科のお医者様はこの島の沖にある小さな島で開業しておられるようです。そして、なにやら先ほどそこに一人の女性が立ち寄り、予約を入れていったとのことです。
・・・大丈夫でしょうか・・・。
わたしたちはリッシアに負担をかけないように、できるだけモンスターとの戦闘を避け、まっすぐお医者様がおられるという小バンテ島へと向かいました。
海岸には、白衣を着た一人の男の方がたたずんでいました。そのすぐ隣には、数人が乗れるサイズのボートが泊めてあります。
「あぁ、あなたたちですね。リッシア・フェルナンデスの保護者というのは。キミが背負ってるその子・・・だね?」
「あぁ。こいつだ。」
「・・・えぇっ、どうしてわかったのですか?」
「詳しい話は向こうに行きながら話すよ。とりあえずみなさん船に乗ってください。」
お医者様・・・と、思われるその白衣の方は、わたしたちをボートに誘導すると、最後に自分も乗ってオールを出してゆっくりとこぎ始めました。
「申し送れました。僕はハント・ラカ。精神科医をやっています。よろしくお願いしますね。」
「あ・・・、はい、よろしくお願いします。」
「キミたちの事は先ほど来た女性からよく聞いているよ。その女性がキミたちが今日のこれくらいの時間にやってくるといって予約を入れていったものだからね。」
「・・・フェルさん・・・でしょうか?」
リリスさんがわたしの耳元でささやきます。・・・どうなんでしょう。詳しいことはよくわからないですね。お兄様とシレイムさんは無言でした。
「いきなりそんなことを言われたものだからちょっと半信半疑だったんだけどね・・・。まさかホントにくるとはね。」
先生は、言いながらもしっかりとオールをこいでいます。そして、程なくしてボートは島に辿り着きました。もう海岸からでも病棟と思われる建物が見えています。
「あちらになります。少し歩きますが・・・なあに、大丈夫ですよ。このあたりは滅多にモンスターは出ませんから。」
先生の言うとおり、モンスターには遭遇しませんでした。特に問題はなく、わたしたちは先生の案内のもと病院に辿り着きました。
「さて、患者はリッシア・フェルナンデス。間違いありませんね?」
ロビーに入るとすぐに、先生はこちらに向き直って聞きました。
「はい、間違いありません。」
わたしは即座に答えます。
「・・・で、年齢は24歳、と。これについては先ほどの女性から詳しく伺っています。原因や元の彼女の性格がどんなものであったのかも。・・・そうそう、瞳孔が開きっぱなしになっているということも聞かされました。ただしこれは魔法のショックによる一時的なものでしょうから、もう開いても大丈夫でしょう。」
わたしは本当かどうか確かめるために、しゃがんでリッシアの瞳を開けました。
確かに、今まで開いていた瞳孔は元に戻っていました。とりあえずこれからは目をずっと閉じ続けなければならないということはないようです。
「で、えーと、あとは・・・あ、そうそう、言葉がわからなくなっていて、話すことも反応することも出来なくなっている、とも聞きました。」
そこで先生は一息つきました。懐からカルテを取り出して、他に漏れはないかとしばらく確認した後、それをしまって言いました。
「それではちょっとここで簡単な診察をしてみましょうか。いやなに、すぐに終わる簡単なものですよ。・・・これから、患者、リッシアに指示を出します。あなたたちは何も手を出さないでくださいね。」
先生がそう仰ったので、わたしたちは少しリッシアから距離をとりました。
それを確認すると、先生はゆっくりと喋り出しました。
「リッシア・・・・・・こっちへおいで・・・。」
先生は言ってから、しばらく待ちましたが、リッシアは一向に動こうとしません。・・・反応しないのです。
「・・・では、僕が。」
そういうと、先生はリッシアのそばによりました。
「ん、瞳孔はもう大丈夫ですね。それでは・・・すこしつねってみます。」
言い切る前に、既に先生はリッシアの手のひらをつねっていました。しかし、それでもリッシアは何の反応も示しません。
「・・・はい、それでは・・・リッシア、ちょっとこっちへ来てごらん。」
それだけ言うと、リッシアの手を握って先生はロビーに飾られている植木鉢の近くまで歩き出しました。
「この花を見て、何か思わないかな?」
「・・・・・・・・・・・・。」
やっぱり、リッシアは何も反応しませんでした。
「そうか。それじゃあ戻るよ。」
先ほどと同じように、リッシアの手を引いて先生は戻ってきました。
「最後に確認です。右手を上げてくれるかな?」
「・・・・・・・・・・・・。」
これも反応なし。
「・・・はい、わかりました。」
一旦息をついて、先生は大きく息を吸い込みました。
「療養期間は最低でも2年、ですね。あ、安心してください。あなた方の衣食住は確保してありますから。もちろん、最終的には患者のためですがね。」
「2年・・・ですか・・・。」
それはとても長いように思われました。2年前のわたしは、ようやく病気が治りかけていた頃でした。そう思うと、やっぱり2年というのは途方もなく遠く、長い長い年月です。
「リッシアは、言葉がまったくわからなくなっています。歩かない、右手を上げないなどの反応を示さないのはそのためです。これが一番時間がかかることですね。ですが、歩こうと思えば歩けるでしょうし、手を上げようと思えば上げることが出来るはずです。時間はかかるでしょうが、完治は可能です。そして、痛みなどに対する感覚ですが、ほとんどありません。ただ、これは前述のようなものではなく、単に魔法のショックによる一時的なものなので、治るまでにそう時間はかからないでしょうし、完治します。安心してください。」
そこまで一気に喋って、もう一度先生は息を吸い込みました。
「ただ、入院期間が最低でも2年と長くなるので、あなた方4人が待てるかどうかなんですよ。」
そして、そういいました。
「俺は構わんぞ。」
「僕もいいよ!」
お兄様とシレイムさんがすぐに応えました。
「わたしも・・・。団長には悪いですが・・・。」
ばつが悪そうにリリスさんも答えを出しました。
「ただし、俺とシレイムは一旦家に帰る。」
「ふぇ?!」
お兄様の言葉に、シレイムさんは跳びあがって驚きました。
「そんな驚くな。戻ってこないわけじゃない。ただ、こんなに長く家を空けることになるなんて思ってなかったからな。それなりに整理なんかはしておかないとな。」
「あ・・・そっか。」
「なに、心配すんなよ。すぐ帰ってくっからよ。」
「わかりましたわ。」
「そちらは決まったようですね。」
頃合を見計らったように、先生が間に割って入りました。
「ここでひとつ相談なんですが・・・。」
「・・・?」
「この子には、今人格や性格といったものは何もない、いわゆる赤ん坊と同じ状態です。・・・で、今は見た目は子供なわけですし、子供として人格を形成していったほうがよいと思うのですが・・・どうでしょうか?あ、もちろんちゃんとプリーストとして冒険に復帰できるようにはしますから、そこは大丈夫です。」
「・・・って、コトはだ・・・。」
「今までのリッシアさんに・・・。」
「・・・二度と会えなくなっちゃうんだね・・・?」
「・・・残念ながら、そういうことになります。」
「そ・・・そんな・・・!」
今までのリッシアに会えなくなる・・・。
あの、口は悪かったけど、根は優しくって妙なところで意地っ張りな彼女には・・・もう・・・会えなくなってしまうなんて・・・。
「少し・・・・・・考え・・・させてください・・・。」
わたしは、涙で言葉に詰まって、それだけ言うのがやっとでした。
「・・・いや、いいんだよ。・・・重大なことだからね・・・。」
そのあとも、先生からこの施設の説明や、もし入院させる際の診察料などのお話がありましたが、わたしはよく覚えていませんでした。あとでみんなから改めて聞くまで、ほとんどわかっていませんでした。
その晩は一晩中考えましたが、わたしは遂に、リッシアを子供として治療させる決心をしたのでした・・・。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

3.「ダンとメイドと灯台と」

あれから数ヶ月がすぎました。なんだか長いと思っていた時間は、あっという間に流れていってしまったような気がします。
いろいろとありましたが、リッシアはようやくいろんなことに反応してくれるようになって来ました。たまにですが、言葉を喋る時もあります。
そして、今回の診察料は10万ティンでしたが、この数ヶ月の間にわたしたちはなんとかお金稼ぎに奮闘し、8万ティンまで支払うことが出来ました。残りは2万ティン、今日はその残りの2万ティンの報酬の仕事を受けに行ったのです。
「今日はシレイムが体調崩してるから3人でがんばろうな。」
「えぇ!」
「天界の方でも病気になる時ってあるんですね。ちょっと安心しました。」
この数ヶ月で、みんな強くなりました。
団長さんがあんなに心配していたリリスさんは、魔法も、槍も、最初の頃に比べるとうんと上達していますし、わたしも旅に出た頃に比べればだいぶ腕も上がっていると思います。特に最近はお兄様に稽古をつけてもらっていますし、余計でしょうか。
お兄様はやっぱりお強いですわ。まだ一勝どころか一本も取れません。
今日のお仕事の依頼主はバンテ島本土にあるグオ鉱山の鉱山主さんです。今まで何度かお世話になっています。
「やあよく来てくれたね。とりあえず、これを。」
そういって鉱山主のおじ様からうけとったのは、ひとつの巻尺でした。
「・・・?えーっと・・・これは・・・?」
「いやさ、最近平和だし、ここから西にあるバンテ・タワーって塔を灯台に改造しようって話が持ち上がってるんだ。けど、最近あそこに不審人物が住み着いたらしくって何があるかわかったもんじゃないんだ。そこで、その不審人物を捕まえるか追い出すかして、それでついでに最上階の横幅を測ってきてほしいんだ。」
「・・・・・・現場はここではないのですか?」
「いやいや。ここは問題なしさ。というわけで頼んだよ。」
そんなこんなで、わたしたちはバンテ・タワーへとやってきました。
「・・・なんだか鉱山で仕事請けて塔の横幅測りに行くってなぁ・・・。」
「ちょっと気が抜けてしまいますわね・・・。」
なんて言ってる余裕はありません。こんな簡単な仕事で2万ティンが手に入るのならそれにこしたことはありませんし、ね。
塔内は、いたって普通の塔でした。測量にあたって、全フロアを掃除したと仰っていましたから、モンスターもいませんでした。もっとも、その掃除のおかげでキレイになった塔にその不審人物というのが住み着いたのでしょうが・・・。
特に苦労もなく、最上階まで上り詰めました。
ところが、最上階の部屋の扉を開けようとした瞬間、中から
「ぬぅおおおぉぉぉぉぉぉぁぁああああああ〜〜〜!!!」
と聞き覚えのある奇声が聞こえてきたものですからたまりません。
「・・・おい・・・。」
「こ・・・これって・・・。」
「・・・あ、あの、どうかしたんですか?」
「・・・い、いえっ、なんでもありませんわ!」
努めて冷静を保ちます。・・・が、多分保ちきれていないでしょうね。
何はともあれ、わたしたちは勢いよく最上階のその部屋に踏み込みました。そして、そこにいたのは・・・
「・・・むっ?!お、お前は!!」
「げぇっ!!」
そこにいたのは、――――予想通り――――ダンさんでした。
えーっと、ダンさんという方はわたしも詳しく知らないのですが、シレイムさんにナンパしていたところをお兄様に叩きのめされて以来、お兄様に復讐の念を抱くようになり、野を越え山を越え、果ては海は密航してでもやってくるというすさまじいガッツの持ち主ですが、お兄様とシレイムさんの新居には絶対にやってこないのだそうです。
・・・シレイムさん・・・こなくてよかったですわ・・・。
「・・・なんですか?あの人・・・。」
そういえばリリスさんだけは初対面でしたね。
「・・・ダンだ。・・・関わると苦労するぞ〜・・・。」
「なっ?!ライ!お前また可愛い女の子を連れてきてるのか?!」
「ちがわい。俺は単にリアの仕事を手伝ってるだけだ。ちょいとワケありだがな。」
「・・・?・・・まぁいい!俺はお前を倒すためにここに住み着いたのだ!そしてお前に勝つために日夜研究にいそしんでいるというわけだ!」
「はぁ・・・。あの、ダンさん?」
「ん?なんだ?」
「・・・ここ・・・近日中に灯台に改造されるのですけれど・・・。」
「・・・・・・へっ?」
「本当ですよ。だからわたしたち、ここの測量にきたんです。・・・あの、だから急いで出たほうがいいですぅ。」
ダンさんはしばらくリリスさんを見つめていましたが、やがて飛び跳ねながら言いました。
「くぅぅ・・・!俺って幸せもん!初めてこんな可愛い子に優しい言葉をかけてもらえた!」
「・・・・・・・・・。」
・・・リリスさん・・・嬉しそうだなぁ・・・。
「だがっ!折角声をかけてくれたお前達には悪いが!俺はここでライとの決着をつける!!」
「え?またやんの?」
心底あきれた、というふうにお兄様が気の抜けた声を出しました。
「そっちからこないんならこっちから行くぞ!」
そういってダンさんが魔法を唱え始めたそのとき!
あたり一面にすさまじい爆発音がしたと思ったら、それに遅れること数秒、音に見合ったすごい爆発が起こりました。
そして、それが収まったところには、一人の女の人が立っていました。
「げっ!こいつなんかメチャクチャすごい魔法使ってなんか呼び出しやがった!」
そう思ったのもつかの間。その女の人は、よく見ると女中さんの格好をしていました。
「・・・メイド?どういう趣味してんだ?」
「いちちちち・・・。くそっ!誰だ!大事なときにジャマするやつぁ!」
このダンさんのセリフに、みんなが凍りつきました。
「・・・え、お前が呼び出したんじゃないの?」
「ちがわあ!俺の魔法はもっとしょぼい!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
まさにあいた口が塞がりません・・・。
「いっててててて・・・。もー、一体なんなのよ・・・。・・・って、どこぉ?!ここ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
今度は驚きで声が出ません。
「・・・ここ・・・レグアじゃないの?」
「うんにゃ。ここはここはバンテ島のバンテ・タワーってトコだ。」
お兄様・・・相変わらず冷静ですわね・・・。
「あ・・・ど、どうも・・・・・・って。なんで?!あたしレグア城でリッシア様のお部屋を掃除してただけなのに?!」
「え・・・り、『リッシア』・・・様・・・?」
「・・・リッシアさんなら今は病院にいますけど・・・。」
「えぇっ?な、なんでぇぇ〜〜〜?!」
頭を抱えてその人はそこにへたり込みました。
「・・・・・・・・・・・・。」
わたし達が呆然としていると――――またしても先ほどと同じような爆発音と爆発があり、今度は別の人が現れました。
「今度はなんだッ?!」
「・・・なんか・・・魔物っぽくねぇ?」
「あぁ・・・。」
お兄様とダンさんが妙にあっていますがそれはともかく・・・確かに、出現したその人は魔物のようでした。魔物、というよりは魔族、という感じでしょうか。
「ククククク・・・。リッシアのいないこの時代を攻めればいいものを・・・何ゆえレグナス様はリッシアのいないこの時代を攻めぬのか・・・。ここはひとつ俺がここで王として君臨してやろうではないか・・・。」
その魔物っぽい人は、なにやらぶつぶつと一人で喋り始めました。
「・・・独り言言ってんぞ・・・。つーかリッシアはこの時代にもいるし。」
「・・・ん?」
「とりあえずとっちめないとダメだろ、この展開だと。」
「おっしゃ、行くぞ、二人とも。」
「え、あ、はい!」
「わかりました!」
「俺も手をかすぞ!」
・・・・・・だ、ダンさん・・・が?
「まかせろぃ!ここ一年近く魔法の修行もしてたし筋トレもしてた!簡単にゃやられるつもりはねぇぞ!」
「・・・期待してるよ・・・。」
「行くぜ!」
なんだかダンさんがやけに引っ張っていってますが・・・いいんでしょうか。
「うおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!ホーリーム!セイントム!フレアム!バーストム!レーザーム!プレッシャーム!さいごにぃぃぃぃ〜〜〜!メンタルタァァァッチ!!」
あー・・・。
やけに張り切るダンさん。ものすごい勢いで魔法を唱えていきます。魔物のような相手の人は、かわす間もなく全部食らっていきます。どうやら訓練の成果は十分に出ているようです。
「おー。思ったよりやるじゃんよ。」
「ふっ!伊達にボスキャラやってたんじゃねぇぜ!」
何の話ですか、なんの・・・。
「すごいですぅ!」
「はっはっはぁぁ〜〜!俺に惚れたら火傷するぜ〜!」
「・・・・・・・・・!」
リリスさんってば・・・。
「・・・・・・お前、うぜぇ。」
「!」
どうやらまだ相手はやられていなかったようです。・・・というか、最後にメンタルタッチって・・・。マナ吸収しちゃ止めじゃないでしょう。
「・・・え・・・俺?」
「うん。お前。」
その人は、それだけ言うと手のひらに魔力を集中させました。そして、その手のひらをダンさんに向けて開きます。
「フェードアウト!」
「あぁぁぁぁぁぁれえぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・!」
こうしてダンさんはどこへともなく飛んでいってしまいました。
「あーあ。」
「結構強かったのに・・・。」
「ひどい!ひどすぎます!」
あ・・・?
「え・・・いや、俺はただあいつをここの1階に転送しただけなんだけど・・・。」
「戦うときは正々堂々戦いなさい〜〜〜!!」
「びくっ。」
「・・・なぁ・・・リア・・・。」
お兄様がこっそりと耳打ちしてきました。
「リリスのやつ・・・ダンに惚れたな・・・。多分・・・。」
「・・・・・・そうですわね・・・。」
「なんにせよ人手が足りん。あのメイド連れてくる。なんか見たところ強そうだし。」
「え?あ、ちょっ・・・。」
「制裁の槍を食らいなぁぁぁい!!!」
こっちはこっちで暴走してるし・・・。はぁ、こんな時にリッシアがいてくれたら・・・。
「連れてきたぞ。」
「なんかよくわからないけどがんばりまーす。ファイって呼んでね。」
そのメイドさん――――ファイさんは、懐から二本の包丁を取り出しました。・・・そういえばこんな戦法があるってちょっと前にリッシアに聞いたような・・・。
「うりゃぁぁぁ〜!」
そして、そのままその包丁で切りかかりました。二本の包丁が華麗に翻り、相手の人の右手に見事に命中しました。その人は、痛みにうめき、持っていた剣を落としてしまいました。先にダンさんに結構やられてましたし・・・ねぇ・・・。
「ええぇぇぇぇぇぇい!!」
そこに、リリスさんの槍が決まりました。わたしたちは特にすることもなく、戦いはなんとなく終わってしまったのでした。
「・・・なんだかなぁ・・・。」
それが心の底からの声だったのは、言うまでも無いと思います。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

4.「未来よりのメイド」

ファイさんの話によれば、フェルさんの正体は未来の、52年後のリッシアであり、そしてファイさんはその時代にレグアのお城でメイドとして働いているそうです。
そして、ファイさんは未来のリッシア――――紛らわしいのでこれからフェルさんといいます――――の部屋を掃除していたところ、赤い珠を見つけ、何気なく魔力を込めてみたらよくわからないうちに気付いたらこの時代についていた、とのことです。
信じられない気もしないでもないですが・・・まぁ・・・信じましょう。フェルさんがなによりの証拠ですし。もっともそのフェルさんはずっと姿を見せてくれませんが・・・。
そういえば、ファイさんは可愛い子供が好きなようで、リッシアを見てたいそう嬉しそうでした。そして、リッシアにあう服を作ろうと日夜奮闘しているようです。
お料理も上手なので、先生も助かっているようで・・・。
それにしてもまた騒がしくて個性的な方が増えました。リッシアもあんなふうになってしまうのでは・・・と最近ちょっと不安だったりします。
でもまあ、お金は無事すべて払い終えましたので、あとの残りの期間はリッシアの治療に専念できるわけで。
それに、リッシアの将来の姿のはずのフェルさんはとても落ち着いた方でしたから・・・多分大丈夫でしょう。・・・多分。

「ファイさんも来たのね・・・。これからどうやって昔のわたしを治していくのかしら・・・。」
フェルは、ハント医院の庭に聳え立つ、ひときわ高い木のてっぺんに腰掛け、ファイたちの様子をうかがっていた。
最後に、目を瞑ってため息を漏らした。
「・・・それにしても・・・ファイさんのあの鼻血癖・・・なんとかならないかな・・・。」
リッシアの姿を見て狂喜乱舞し、ところ構わず鼻血を出す、職場仲間の姿に、やや脱力するしかないフェルであった・・・。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

こうして5人はリッシア治療に専念することになりました。
これからリッシアはどの様に復帰するのでしょうか?
剣士、魔法使い、僧侶、格闘家、女中・・・。
新たな人生を歩み始めたリッシアの可能性は、無限大に広がっています。
そんなリッシアが、どういう風になっていくのか?
フェルは自分が成長する様子を優しく見守るのでした・・・。


第5話へつづく