ここはどこぞの世界・・・。
名は・・・「フェイレン」とかいったかな?
わたし達が住んでいる世界とは違い、
剣と魔法が三度の飯並に当たり前な世界・・・。
ある国では戦争で人々が苦しみ
ある国ではのんびり平和に暮らし
ある国では年中お祭り騒ぎ・・・。
ある冒険者は苦しむ人々のために魔王討伐
ある冒険者は富と名誉のためにひた走り
ある冒険者はクエスト探しては遂行失敗し
ある冒険者はクエストをすっぽかし・・・。
これから展開される話はちょっと奇妙なお話・・・。
まぁ、他の冒険者から見ればどうだっていい話ですが・・・。
一人の女性剣士と女性僧侶・・・。そして戦乙女と聖騎士。
そんな四人が織り成す珍道中・・・。
今回のお話はリッシアとフェルに関するお話。

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0.「リア」

わたしの名はリア・ベイティクス。
駆け出しの冒険者。
ついこの前まで、街から出た事が無かった「箱入り娘」ですの(笑)。
目指す目標はお兄様のような立派な冒険者。
もっともっと経験をつむようにがんばっている真っ最中ですの。
今回は懐かしい雪が舞うリップレル諸島にやってまいりました。
さてさて、今度はどんなことがあるのでしょう?

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1.「ウィンター・ウィンター」

「先ほどは剣のほどき、ありがとうございました。」
フェルさんに並んで船着場を出ます。リッシアはとっくに外に出て、わたしたちを待っていました。リリスさんは荷物持ち。あ、いえ、わたしたちもちゃんと持ってますよ。ただ、適当な表現が見つからなかったのです。
「いいのいいの。リアちゃんはリーダーなんだから、カッコイイとこ見せないと。ね。」
リッシアと同じようなネコミミをぴこぴこ動かしながら、スキップをしてリッシアのとなりに並びます。リッシアは、そんなフェルさんを見てふいとそっぽを向いてしまいました。
「そーいえばさ、この辺は結構寒いみたいだよ。でもでも、北にいくと温泉があるんだって。寒いところに温泉!こりゃぁ〜いいねぇ〜♪」
一人で盛り上がっているフェルさん。リリスさんは微妙に船酔いをしているようで、ちょっとへたばっています。寒いということは雪が見れますかねぇ。ちょっと楽しみですね。
「それじゃあ、まずそこを目指しましょう。お仕事も探さなければいけませんしね。」
「はぁ〜い。」
「おっけぇ〜い♪」
リリスさんが気のぬけた返事をします。フェルさんが右手を高く上げて元気よく返事をします。そして、リッシアは無言でした。
船着場を出て数分。すぐに雪の積もった平原が見えてきました。そして、雪原に入った頃くらいから、雪がしんしんと降り始めました。雪を見て、なんだか急に故郷のアイシクルに戻ってきたような感じがしました。少し、アイシクルが懐かしくなりました。お兄様は元気でしょうか・・・。
「リア、どうかした?」
急にリッシアに話しかけられて、わたしははっとなりました。雪の中を歩くうちに、ちょっと記憶の中に迷い込んでいたようです。
「いいえ、なんでもありませんわ。」
「そう?ならいいんだけど。」
降りしきる雪の中をひたすら歩き、なんとかわたしたちはこのリップレル諸島の入り口、スペンシルに辿り着きました。
「硫黄の香りがしますね・・・。」
「温泉があるんですね!わたし楽しみです!」
嬉しそうなリリスさん。わたしは子供の頃に湯治でたくさん入ったことがあるのであまりいい思い出はありませんが・・・それでもやっぱりどことなく嬉しいような気がするのはお兄様のおかげでしょうか。
「ねぇ、仕事探すのもいいけどさ、先に宿屋行かない?」
「・・・珍しいですわね、リッシアがそう言うなんて・・・。」
「まーね。」
と、いうわけでわたしたちはリッシアたっての希望で先に宿屋に行くことになりました。温泉が大浴場まで引かれているそうなので、みんなで楽しむことが出来るわけですね。
「先に二人で入ってきたら?温泉。」
「え?」
「そうしてきたら?わたしは夜になってからいくから。」
「折角ですしみなさんで入りましょうよ。」
「いいから。ね。」
「リアさん、行きましょう。」
「ん・・・ん〜・・・。」
なんだか乗せられてしまいましたが、とりあえずわたしはリリスさんと大浴場へ行くことにしました。

「さ、て、と・・・。ようやく二人になれたわね。詳しく話してもらうわよ。あんたが何のためにわたし達のパーティについてきたか・・・。」
「・・・・・・。」
「あくまでシラをきるつもり?」
「あ、いや、ごめん。突然聞かれたから一瞬考えが吹っ飛んだ。」
「まじめにやんなさいよ!」
「・・・まぁ・・・怒りたくなる気持ちもわかるわ・・・。でも・・・。」
そこでフェルが一旦間をおいた。しばらく目を瞑り、そして開く。口元には、微笑が浮かんでいた。
「この後、あなたはびっくりするわ。それはもう、声も出なくなっちゃうくらいにね。」
「・・・・・・。」
「まぁ、でもまだ言わないでおくわ。また後で教えてあげる。」
「・・・・・・?」
「さ、リッシアちゃんも温泉に行ってきたら?わたしはここで留守番してるから。・・・大丈夫。悪いことはしないよ。そのためについてきたわけじゃないからね。」
「・・・・・・その言葉、一応信じておくわ。」
それだけいうと、リッシアは荒々しく扉を開けて出て行った。後に残ったフェルは、目を閉じて肩をすくめた。

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2.「フェルとリッシア」

「た・・・大変ですぅ!」
どたどたと騒がしくリリスが部屋に入ってくる。
「ん〜、どうかしたの〜?」
それに、フェルはあくまでのんびりと返す。緊張感は、無い。
「り・・・リッシアさんが!」
「・・・温泉で足を滑らせて溺れたのね。リアちゃんが応急処置をしてるけどまだ意識が戻らないんでしょ?」
「?!」
フェルの状況を見透かした言葉に、リリスはその場で固まる。椅子から立ち上がりながら、フェルはリリスに近づいてぽんと肩を叩いた。
「任せなさい。わたしがなんとかしてあげるから。リリスちゃんとリアちゃんはロビーで待ってて。」
心配そうにフェルの顔を見るリリスを見て、フェルは優しく微笑んだ。
「大丈夫、絶対何とかなるから。」

「これでよし、と。あとは目を覚ますのを待つだけね。」
ベッドに寝かされたリッシアには、フェルの手による治療が施されている。そして、すぐにリッシアが目を開いた。
「ん・・・・・・、・・・?」
「おはよ〜さん。」
「あ・・・あれ・・・。わたしは確か・・・。」
おたおたと周りを見回すリッシアを、フェルは優しく覗き込んだ。
「リアちゃんとリリスちゃんに感謝するんだよ。二人が気付いてくれなかったら、わたしはここに存在しなかったんだから・・・。・・・これからのリアちゃんたちとの楽しい冒険の記憶がここで途切れちゃう。ライさんやシレイムさんとのこれからの出会いも大切だしね・・・。」
「な・・・・・・なんで・・・知ってるの・・・?」
覗き込んだフェルの瞳を、まっすぐと見据える。その瞳が、大きく見開かれた。
「まさか・・・未来のわたし?!」
身体を起こしながら、リッシアが大きく聞き返した。フェルは、長い長い間を以って、それに応えた。
「あたり。わたしの名前は・・・リッシア・フェルナンデス。・・・未来の、あなたよ。・・・だましててごめんね。」
「・・・・・・。」
「わたしは・・・あなたたちに頼みたいことがあって52年後の世界からやってきたの。もっとも、そのことを言うのはもっと後になるけどね・・・。」
「ごっ、52年後?!」
「『時の珠』を使ったのよ。あそこにあったのはわたしが持ってきたものなのよ。帰る時にも使うからね。もちろん、わたしも『古の術』、使えるよ。」
「だから・・・わたしとあなたの魔力の波動が一緒だったのね・・・。当たり前か・・・同一人物だもんね・・・。」
「ね、テラスに出ない?そこで話しましょ。いい景色が見られるわ。」
「ん・・・うん・・・。」

満天の星空が広がる。雪がよどんだ空気を浄化し、暖かい地域の夜よりも明るく、そしてより澄んだ星空である。そこかしこに、無数の星が明るく瞬いている。その光は、赤であったり、青であったり、白であったり、様々だ。
「・・・きれいな星空ね・・・。」
「ここは雪があるから特にきれいね。・・・・・・52年後も・・・星空の美しさはちっとも変わってないよ・・・。」
「そう・・・なんだ・・・。」
「うん・・・。」
フェルがうつむいた。その口から出る言葉を待って、リッシアはフェルの顔を見つめる。
「わたしの身体は、あの呪いの後遺症で普通の人の10倍以上も成長の速度が遅くなってるの。これでも本当は76歳のおばあちゃんなのよ。ホントはね、あまり肌も見せたくないんだけど・・・若く見せるためにヘソ出しのブラウス。・・・結構無理してるのよ?まぁ・・・よくよく考えれば成長が遅いからまだ肌はぴちぴちなんだけどね。」
「・・・・・・。」
「・・・わたし、身体に相当負担がかかってると思う。いつ死んでも、おかしくない。もう76年も生きてることがまずおかしいの。ホントだったら、40後半で死ぬはずだったんだけど・・・。」
そこまで言って、フェルは首を振って空を仰ぎ見た。
「ごめん、こんなこと言って。」
「リッシア・・・さみしくなかった・・・?周りがどんどん老けていっちゃってるのに・・・自分だけ・・・なんて・・・。」
リッシアの問いに、フェルはまたしばらくの沈黙と共に答えた。
「・・・・・・ううん・・・。そうでも、ないよ・・・。ほら、リリスさんはエルフだからとっても長寿だし、シレイムさんは天界人だから、不死でしょ?・・・それに・・・とっても個性的なみんなもいたから・・・。」
「・・・そっか・・・。」
それだけいうと、フェルは膝を突いてリッシアの肩に手をやった。そして、目線をリッシアのそれと合わせる。
「今のうちに、言っておくよ。あなたは・・・このあと大変な目にあうわ。もう52年も前のことだから詳しく覚えていないんだけど・・・とにかく大変なこと・・・。それも・・・わたしの不注意で・・・。」
フェルの瞳から、涙が零れ落ちた。それは、テラスにわずかな染みを作り、そして消えた。
「・・・いいの。だったらそれはわたしの責任なんだから。だからそんな悲しい顔しちゃダメ。」
微笑んで、リッシアは右の手をフェルの頬につけた。フェルの瞳から、さらに涙が零れ落ちていく。
「・・・・・・ありがとう・・・。」
フェルが、リッシアを抱きすくめた。ぼろぼろと涙が次々に零れ落ち、リッシアはそれを手のひらで受け止めた。
「許してくれて・・・ありがとう・・・。」

「そうそう、このことはみんなには言わないでね。それから、みんなの前ではわたしのことはいままでどおりフェルって呼んでね。」
「わかったわ。」
「あ・・・そうそう、忘れてた。これ。」
「・・・・・・これ・・・?」
フェルに手渡されたものと、フェルの顔とを交互に見つめるリッシア。
「わたしが昔使ってたものよ。あなたがこれからの出来事を無事に乗り越えた後に、ね・・・。」
「・・・・・・ありがとう・・・。」
リッシアがそれ――――黒の杖と羽根突き帽子を受け取ったのを見て、フェルは立ち上がった。そして、いつもの笑顔を浮かべる。
「さ、戻りましょうか。」
数歩戻って、フェルが笑顔で振り返る。その顔を見ながら、リッシアはフェルの隣に並ぶ。そして、フェルのその手を握りしめた。
「ね、一緒にお風呂入ろ。わたし入ってすぐにスッ転んだからほとんど入れてないの。」
「・・・そっか。うん、わかった。」

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3.「リップレル火山」

「それじゃ、アドベンチャーズギルドに行ってみましょうか。」
「仕事あるといいね♪」
フェルさんが腰に手を当てながらにこやかに言います。リリスさんも。リッシアは、相変わらず無愛想な顔をしていました。そして、やっぱりその視線はフェルさんに向いています。
(・・・リッシア・・・わたしの未来の姿のはずなのに・・・随分と明るい性格だし雰囲気もあったかい・・・。)
フェルさんがちらっとリッシアの顔を見ました。リッシアが顔を背けると同時に、フェルさんも視線をずらしました。
(リッシアちゃん・・・辛いかもしれないけど・・・がんばるんだよ・・・。)
宿屋を出たわたしたちは、そのまままっすぐアドベンチャーズギルドに向かいました。朝早いこともあって多少不安でしたが、ギルドはしっかり開いていました。
「すいません、何かお仕事は入っていないでしょうか?」
「んー・・・パラディンが一人いるね?」
「え・・・な、なんでわかるのですか?!」
「長いことこの業界やってるとね、だいたいわかるのさ。」
おじ様は、そこまで言ってウィンクをしました。そして、テーブルの下から台帳を引っ張り出します。
「パラディンがいるし・・・四人だし。この仕事いけるかな。」
おじさまはそういって、台帳に挟まれた地図をテーブルの上に広げました。それは、恐らくこの諸島の地図なのでしょう。
「ここが現在地。ここから北東の島に、火山があるんだがね、最近ここの様子がおかしいんだ。頻繁に小さな地震が起こるし、やけに動物達が騒いでるしで。それで、ここまで行って火山の様子を調べてきてほしいんだ。何か原因がなかったら、それを報告してほしい。そのときは避難とかを考えなきゃいけないからね。それでもし、今回の件が人為的なものだったのなら、それを止めてほしい。できる限りでいい。無理だと判断したら、戻ってきてくれ。その時は我々みんなで行くから。一応他のパーティにも頼んだんだけどね、そのパーティは二人だったし、心配でね。」
「今回ばかりは危険ですわね・・・。でもそのお二人のことも心配ですわ。やってみます!」
「そうか!ありがとう。この街の北東の海岸に瞬間移動魔法陣を設置してあるから、それを使ってくれ。一瞬で火山のある島までいける。」
「わかりました。それでは行ってまいります。」
おじ様にそういうと、わたしは踵を返しました。
「と、いうわけで火山へ向かうことになりましたわ。」
「ん、了解。それじゃ早速行きましょうか。」
「火山ですか・・・暑い・・・んですよね・・・?」
「がんばろうね〜。」

火山性の地震の多発から火山の噴火を予知しているのか、動物はおろかモンスターさえ姿を見せませんでした。雪道を歩くというのは疲れますが、モンスターと戦い続けるよりはよっぽど楽なことです。ほどなくして、わたしたちは魔法陣をみつけ、火山までやってきました。
「うわ・・・すごい溶岩ですわ・・・。」
「うっかり踏み込まないようにね。」
「い・・・生きて・・・帰ってこれますかね・・・?」
「リリスちゃん、もっと自信をもってね。ようは溶岩に踏み込まなきゃいいことだから。」
「は・・・はい。」
さすがにこんな溶岩がたくさんある火口の入り口にはモンスターも住まないらしく、溶岩に気をつけて歩くだけで特に問題はありませんでした。
あ、いいえ、別の問題がありました。
「あ・・・暑いです・・・。」
「暑いし熱いわね・・・。さすがにちょっと辛いかも・・・。」
さすがのリッシアもこの暑さには参っているようです。・・・かく言うわたしも。カイロリングは寒さにはバツグンの効果がありますが暑さにはあまり効かないのです。
「ほら、もうすぐ一番下だよ。みんながんばって!」
フェルさんは一人でどんどん奥まで行きます。さすが歴戦のパラディン。これくらいではへこたれない体力と精神力をお持ちのようです。
そして、ゆっくりと一番下まで辿り着いたわたしたちの目の前には、信じられない光景が広がっていました。
「どぉりゃあぁぁぁっ!!」
「アクアム!!」
ものすごい轟音にまぎれて、人の声がします。わたしたちより先に来たという二人組みのパーティでしょう。・・・いや、でもやけに聞き覚えのある声のような・・・。
「WCSTAXDG!!」
「氷晶剣!!」
爆発音。それに続く、懐かしい人の掛け声。
「お・・・お兄様?!」
「げっ、追いつかれたッ!」
「え・・・え、あ、あの方って天界人じゃ・・・。」
「そんなことはどうでもいいわ!援護するわよ!」
リッシアの声に、わたしたちははっとなりました。確かに、今は何故こんなところにお兄様とシレイムさんがいるのかを気にしている場合ではありません。わたしは剣を抜・・・こうとして、お兄様たちの戦っている相手がマグマの塊のような敵であることに気がつきました。
「マグママン、ね。冷気系でせめていこうね!」
「ええ!」
あれ?普段のリッシアなら・・・そんなことわかってるわよ!って言いそうなのに・・・。ま、いっか。仲良くしてくれることはいいことですわ。
「マが三つですか・・・。」
そこ突っ込む時じゃないですよリリスさん・・・。
「ブリザードム!!」
シレイムさんの呪文と共に、吹雪が一瞬吹き荒れました。そして、それに続いてわたし達も魔法を唱えます。
「ロックム!」
「アイスム!」
「バースト!」
「ブリザードム!」
無数の魔力による攻撃を食らい、マグママンの身体が溶岩の中に沈みました。しかし、すぐにそこから溶岩が吹き上がりました。
「アイスム!」
「ブリザードム!」
リッシアとフェルさんが同時に氷の魔法を唱えました。吹き上がった溶岩を、氷が覆って熱を奪います。熱を奪われた溶岩は、ただの軽石となって辺りに降り注ぎました。
すると、直後に横の溶岩が盛り上がり、マグママンが現れました。溶岩の中を移動したようです。
「お兄様!」
「シレイム!」
「ばびろにろ〜ん・・・。」
マグママンの吐き出した熱風に飛ばされて、お兄様とシレイムさんは降りてきた火口の壁に突きつけられました。今まで戦ってきて体力がもうあまり残っていなかったのか、お兄様とシレイムさんはそのままノびてしまいました。
「お兄様!」
「リアちゃん!そのまま行くと敵の思うツボだよ!」
フェルさんの言葉に、わたしははっとなりました。確かにこのコースだと、マグママンのすぐ目の前を通ることになります。そうすれば、当然わたしは熱風どころか溶岩の直撃を受けるでしょう。
「くそ・・・っ、エアロム!」
わたしはマグママンめがけて魔法を唱えます。
「アイスム!」
「バースト!」
「ブリザードム!」
わたしの魔法に続くようにして、三人が魔法を唱えます。
魔法の直撃を受けたマグママンは、お兄様たちと戦い続けてもう相当弱っていたのでしょう、力なく溶岩の中に沈んでいきました。
「お兄様!」
わたしはお兄様に駆け寄りました。まだ気を失ってるように見えますが・・・。
「これで火山噴火の原因は断たれたわけね。・・・でもなんであの二人この仕事引き受けたのかなぁ・・・。」
「!リッシアちゃん!危ない!」
フェルさんの突然の警告に、わたしは後ろを振り返りました。見ると、リッシアに、マグママンが襲い掛かろうとしていました。わたしのこの位置からでは絶対に間に合いそうもありません。
「リッシア!」
「来るな!」
駆け寄ろうとして、リッシアが大声でわたしを制しました。そうこうしているうちに、マグママンの手がリッシアに届こうとしています。
「助けようとしてみんなやられるよりマシよ!ライさんたちを担いで早く逃げなさい!」
徐々にリッシアの身体が溶岩の中に吸い込まれていきます。どうすればいいのか戸惑っているわたしたちの視界に、リッシアめがけて飛び込むフェルさんの姿が映りました。
そのフェルさんは、リッシアに飛びつくと同時に、懐から真っ赤な珠を取り出し高くかざしました。
「時空移動!!」
そして――――マグママンの身体が完全に溶岩に沈んだ後、そこには二人の姿はありませんでした。
「き・・・消えた・・・?」
リリスさんの呟きが耳に入ります。
「一体・・・何が・・・起こったのですか・・・?」
「これ以上の長居は危ない。早くここから出るぞ。」
気付くと、シレイムさんを肩で支えながら、お兄様がわたしの隣に立っていました。
「お・・・お兄様・・・。気付いていたのですか?」
「気付いたもなにも、最初から気絶なんてしてねっての。お前達の戦うところ、じっくり見させてもらったぞ。・・・ヤツは最後の力を振り絞ってリッシアを道連れにしようとしたんだな。俺も気力が残ってりゃ助けに入ったんだがな・・・間に合わなかった。・・・すまねぇ。」
「・・・・・・。」
「おい、起きろ。」
お兄様は、そういいながらシレイムさんの頬を軽く叩きました。ゆっくりと、シレイムさんの顔が上がります。
「けほっ!ライ〜!怖かったよぉ〜!」
「話は後で聞いてやるから、今は脱出のことだけを考えろ。歩けるな?」
「むぅ〜!」
シレイムさんは頬を膨らませてジト目をお兄様に向けますが、すぐに翼を広げて地面に立ちました。お兄様は地面に転がっていた自分の剣を拾って鞘にしまうと、わたしの後ろにまわります。
「お前がリーダーなんだろ?」
「は・・・はい。」
「じゃ、俺たちはお前のパーティに入るからな。さ、撤収すっぞ。」
こうして、わたしたちはもと来た道を引き返し始めました。

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4.「『時の流れは変えられない』」

雪が舞い散る雪原。天高く聳えるリップレルの火山を見上げ、広がる島々を遥かに望む。その雪原に、リッシアが横たわっていた。傍らには、辛そうにその姿を見下ろすフェルがいる。
「危なかった・・・。昔のわたしが油断して襲われるなんてね・・・。・・・思い出したわ。・・・このときわたしは・・・喋ることも見ることもできなくなったのよね・・・。」
横たわるリッシアからは、反応は無い。
「よ・・・っと。・・・リッシアちゃん。大丈夫?」
しゃがみこんでリッシアを抱き上げる。しかし、リッシアは何の反応も示さなかった。・・・いや、ただまぶたをゆっくりと開けただけだった。その瞳は、瞳孔が開くところ一杯まで開ききっていた。
「・・・もちろん・・・何も喋れなくなってる・・・わね?」
「・・・・・・・・・・・・。」
返事は、無い。
「・・・ちゃんと反応もできなくなってる・・・。言葉もわからなくなってるはずね・・・。それから・・・ぼやけてて何も見えないはず・・・。・・・・・・瞳孔開ききってるのに・・・よく平気でいられるわね・・・。でも頭おかしくなっちゃうから目は閉じたほうがいいわ。・・・言っても通じないだろうからわたしが閉じてあげるね・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
何も反応しないリッシアのまぶたを、フェルはそっと閉じた。抗うこともなく、リッシアの瞳は閉ざされた。
「さっきの瞬間のちょっとだけ前に時の珠で移動して回避したのはやっぱりきつかったかな・・・。・・・時間の流れって・・・変えられないのかしらね・・・。やっぱりリッシアちゃんのこの小さい身体じゃあれには耐えられなかったのね・・・。その影響で・・・昔のわたしから言葉も・・・魔法も・・・記憶も・・・そして思い出も・・・奪ってしまった・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「でも・・・こうするしか・・・なかった・・・。」
リッシアの翠緑の髪をそっと、なでる。風にあおられて、フェルの長い、翠緑の髪は宙に浮き上がる。
「『大変な目に合う』・・・か・・・。今のあなたは辛くないかもしれないけど・・・ここでこうやって思い出してわかりきってしまっているわたしが辛い・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
フェルの言葉に反応したのかそうでないのか、リッシアの瞳が見開かれた。もちろん、瞳孔は開ききったままである。
「あ・・・目開けちゃダメ・・・。」
そういって、再びリッシアのまぶたを閉じる。そして、リッシアをゆっくりとその場に立たせた。
「・・・『リッシア・フェルナンデス』・・・。あなたの・・・名前よ・・・。みんながそう呼んでくれるから、覚えてるんだよ。・・・今何を言っているのかわからなくてもいいから、聞いて。言葉が話せるようになったら、わたしのことばを思い出して。・・・わたしはしばらくの間いなくなるけど・・・あなたや、リアちゃんが強くなったら・・・その時は、わたしは帰ってくるからね・・・。そして、その時あなたに大事な魔法を教えるからね。・・・わたしのこと・・・忘れないでね・・・。」
それだけ言うと、フェルはふところから紙を取り出すと、それに文字を走り書いた。そして、それをリッシアの手にしっかりと握らせると、立ち上がってリッシアから離れていった。その瞳に、一筋、輝くものがあったのを見たものはいない。

「お〜、いたいた。」
雪原に突っ立っているリッシアを最初に発見したのは、お兄様でした。お兄様は、リッシアがいたことを言って、走り出しました。わたしたちも、それに続きます。
「リッシア!無事でしたか!」
わたしはリッシアに駆け寄ると、リッシアを抱きすくめました。リッシアの髪が、わたしの鼻先をくすぐります。しかし、リッシアからあのぶっきらぼうな声はかかりませんでした。
お兄様は、リッシアのそばでしゃがみこむと、リッシアの手に握られていたらしい紙切れを手にとって、そこに書かれていたらしい文面に目を通しました。
「あの・・・リッシアさん様子、おかしくありませんか?」
リリスさんに言われて、わたしはリッシアの顔を見ました。
リッシアは、目を閉じたままです。そして、まったく動きません。わたしが何か言っても、リッシアはまったく反応してくれません。
「おい、大変だ!リッシアの手に握られてた紙にかかれてたあの女の話によると、リッシア、言葉も魔法も視力も記憶も全部失ったらしいぞ!」
「えぇ?!」
「なんですって?!」
「そ・・・そんな・・・。ライ、ホントなの?!」
「なんでも・・・あのとき、かなりムチャな方法でリッシアを助けたらしいんだが・・・それにリッシアの身体が耐えられなかったらしい。それで・・・こうなったらしい・・・。・・・んで、俺たちがリッシアに失ったモンを思い出させるって任務を任されたみたいだぞ・・・。」
フェルさんの手紙から顔を上げると、お兄様は顔をしかめたまま呟きました。
「・・・俺たちだけで全部やるってのも無理ないか?もちろんこのままじゃお前らも旅も出来ないだろ?」
「えぇ・・・。どこか・・・療養できる場所を探さないと・・・。」
「とにかくここにいたら寒いだけだよ。街に戻ろう?」
「・・・んだな。じゃ、俺がリッシアを背負うわ。」

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

こうして一行は時間を超えた後遺症で何も反応しなくなってしまったリッシアを抱えリップレルを後にしたのでした。
果たして、リッシアは元に戻るのでしょうか?
そして、運命というものを突きつけられたとき、リアは?
物語は次の舞台へ・・・。
彼女達が目指すのは、スペンシルで耳に挟んだ精神科医の住まう島、バンテ・・・。


第4話へつづく